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2024年5月26日 三位一体の主日

  • 執筆者の写真:  カトリック戸塚教会
    カトリック戸塚教会
  • 2024年5月26日
  • 読了時間: 5分

マタイ28:16-20


毎年、聖霊降臨の主日の次の日曜日に「三位一体」の主日が祝われます。「三位一体」と聞くと何か難しい用語のように聞こえますが、これは神様が示されたご自身の姿を表しています。それは神様が父と子と聖霊で、完全に一つの心、一つの神としていてくださるということです。神様が、父と子と聖霊としてもっておられるその交わりと完全な一致に私たちも与らせていただけるように祈りたいです。


もし皆さんが子どもたちに神様ってどのような方かについて話すとしたら、どのように話されるでしょうか。神様は目に見えないけど、私たちといつも共にいて下さる方、私たちの幸せを願って導いてくださる方、そのように話すことができるかもしれません。そして神様のことを話すとき、その手がかりとして神の独り子であるイエス様のことから話を進めていくと話しやすいのではないかと私は思います。神様は私たちの目でその姿を直接見ることはできません。でも2千年近く前、イエス様がこの世に来て話をしてくださり、力ある業を行ってくださったことによって神様の姿と心を表してくださいました。イエス様は、私には父がいるとおっしゃられ、御自分の父である方、天の父についてたくさんの話をしてくださいました。神の子であるイエス様が伝えてくださったから、私たちは天の父がどのような方か、またどのような心の方か知ることができます。イエス様にとってもこの御自分の父である方がとても大切な方であり、いつも天の父に向かって祈っておられました。イエス様にとっての祈りとは御自分の父と何でもお話なさることでした。そしてイエス様はご自分の父の御心のままにすべてを行なわれ、最後は、御自分のすべてを与えて十字架の上で命を捧げてくださいました。イエス様がなさったことはすべて天の父の心と同じでした。


イエス様は、御自分のすべてを捧げて歩まれ、十字架の死を経て復活されました。そして復活されて40日後に、天の父のもとにお戻りになられました。イエス様の昇天後、約束されたとおり、聖霊が天の父のもとから送られ、その聖霊の中に父である神様もイエス様も共にいて働いてくださっています。これが、私たちが信じている神様の姿です。私たちが信じている神様とは、父と子と聖霊、イエス様の父である神様とその独り子であるイエス様、そしてそのもとから遣わされる聖霊。父と子と聖霊だけど完全に一致した一つの神様であること。これを私たちは三位一体と呼んでいます。三位一体と聞くと何か難しいことのように聞こえますが、決して難しいことではなく、神様は父と子と聖霊で、完全に一つの心、一つの神としていてくださるということです。


その神様にははじめも終わりもなく、時間を越えて永遠に存在しておられます。天の父も子であるイエス様も聖霊も、永遠に一つの神として存在しておられます。そして私たち人間の救いの歴史の中で神様を見るなら、このように言うことができます。イエス様がまだこの世に遣わされる前の時代、いわゆる旧約の時代は父なる神様が働きの前面に立っておられました。天の父は預言者たちを通してご自分の思いを民に告げ、御自分に立ち帰ることを呼びかけられました。しかし、それでもかたくなな人間が神様の呼びかけに十分に応えることをしないので、御自分の独り子であるイエス様をこの世に送られました。イエス様がこの世で私たちと共に歩んでくださったおかげで私たちはより近く

神様のことを知ることができました。


そして今という時は、私たちの目に見えないかたちで聖霊が私たちの中で働いてくださっています。聖霊は私たちの心に働きかけ、私たちの心をうながし、私たちが天の父に向かって歩むことを支えてくださいます。私たちが気づいていないだけで、聖霊はいろんなかたちで私たちを保護し、支え導いてくださっているのだと思います。その聖霊の働きの中に天の父もイエス様も心を一つにして共にいてくださっています。


現代という時を生きる私たちが、神様のことをより深く知り、その心にふれて歩むことができるために何が大切だろうかと思います。神様の姿を私たちの目で直接見ることができたら話は簡単ではないか、そう考える人がいるかもしれません。でもそれは私たち人間側の思いであって、神様は、今は目に見えるかたちで私たちに姿を表すことはなさいません。でも目に見えないかたちであっても確実に、私たちの中にいてくださっているのです。そして私たちの歩みを共にしてくださっています。私たちが心で神様に何でも話し、神様と心を合わせて歩む生き方を大事にしていくとき、その歩みの中で、またその歩みを振り返る時、ふと神様が共にいてくださっているのは本当だと感じられるということです。ただじっと何もしないで待っているのではなく、また自分の願いだけを祈りとして捧げるのでもなく、自分も神様と心を合わせるように努めていく時、神様はきっとご自分の存在を私たちに感じさせてくださるのではないでしょうか。


一人ひとり自分の中で、神様とつながり、神様を感じる場を大事にして歩むこと。そのために何でも神様に伝え、その神様が自分の側にいてくださることを感じていくこと。神様が教えてくださった神様の姿、父と子と聖霊で完全に一致し一つであられる神様と私たちもつながって、神様がもっておられる交わりに私たちも与ること。それを通して私たちの生活が、喜びに満ちたものとなりますように祈りたいです。

 
 
 

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