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2026年4月5日 復活の主日

  • 執筆者の写真:  カトリック戸塚教会
    カトリック戸塚教会
  • 4月5日
  • 読了時間: 4分

ヨハネ20:1-9

 

私たちはこの木曜日から聖なる3日間を過ごしてきました。そこで記念されていたのは、神の子であるイエス様が弟子たちの足を洗い、御自分の体である聖体を制定し、十字架の苦しみを担って亡くなられたということでした。そしてそれは神様がどのように私たちを愛してくださっているかを表すものでした。神様は高みから人間を見下ろす方ではなく、逆に私たちの下になって私たちの足を洗ってくださる方、私たちに代わってその罪の代償である苦しみを担ってくださる方、神様とはそのような方であるということ。そしてその苦しみは、私たちが古い自分に死んで新しいいのちに生きるようになるための苦しみでした。

 

古い自分に死んで新しいいのちに生きるようになる、それが神の子であるイエス様の私たちへの一番の思いです。その新しいいのちの生き方、イエス様につながる生き方は簡単なものではないかもしれません。洗礼を受けたから困難が無くなるわけではありません。損に思えることもたくさんあるでしょう。しかし損が損ではないと思える、それが恵みであり、私たちが神様から招かれている生き方です。

 

復活それはイエス様の生き方、一人ひとり病人に声をかけ、罪人をいやし、御自分は十字架の死の苦しみを担われたそのイエス様の生き方、十字架の死で終わってしまった、すべてが無に帰されたように思えたことが、終わってしまったのではなかった、無ではなかった。それを証しするのがイエス様の復活の出来事です。イエス様の生き方そのものが正しいものだった、真に意味のある価値あるものだったということを父である神様が証明された出来事だったということです。

 

神の子であるにもかかわらず、僕の姿をとり、苦労の多い人生を歩まれたのも、そして十字架の死を拒まれなかったのも、イエス様が言われた「わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるため」だったのだと思います。復活は苦しみが苦しみだけで終わらない、死ですべてが無に帰せられるのではない。苦しみを通り越してそこに輝く栄光があること、それを完全な形で示してくださった出来事です。

 

イエス様が味わわれた苦しみは、私たちを罪に死んでいる状態から救うための、愛による苦しみでした。そしてこの愛のための苦しみは必ず実を結びます。神様がイエス様の復活でお伝えになられたいことは、苦しみを通り抜けた先に何にも代えられない真の喜びがあること、そしてその真の喜びに心を向けて、私たちがこの世的なものではなくそれを越える上にあるものを求めなさいということです。

 

私たちもこの世の歩みが終わったとき、その生き方が神様から顧みられ、まったく新しい存在に変えていただけるということ。その存在にはもはや苦しみも嘆きも労苦もなく、新しく輝く永遠のいのちがあるということ。死からその真のいのちに移るということ。その新しい存在、新しいいのちに招き入れていただけるために、今の生き方を大切にしなければならないのだと思います。イエス様の十字架の歩みにつながって自分も心を愛で満たす生き方をしていくということです。

 

この苦しみに見える生き方の先にまばゆい光で私たちを包むために手を広げて待っていてくださる方がおられる。それは間違いないのだ。その保証がイエス様の復活によって与えられています。今私たちに大切なことは、復活されたイエス様と出会って自分が変えられていくことです。復活されたイエス様は今も私たちと共に生きておられます。交わりの中、人の温かさ、やさしさを通して復活されたイエス様と出会うことができます。すべてをありがたく思う、感謝の心をもつ中で復活されたイエス様に出会うことができます。

 

イエス様が十字架の死をその身に受け、そして復活されたことによって教えてくださったこと。十字架の死を経て復活されたこと。私たちも苦しみの中にあっても投げ出さず、自分として、精一杯歩んでいく。一人ひとりが自分の人生の中で復活体験をしていく。それが大事なことだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 

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