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2022年2月13日 年間第6主日

  • 執筆者の写真:  カトリック戸塚教会
    カトリック戸塚教会
  • 2022年2月12日
  • 読了時間: 4分

ルカ6:17、20-26 年間6主日(2022年2月13日)


最近思うことの一つとして、私たちの周りで起きている様々な出来事の中には本当に祈りしか解決がないということがたくさんあるということです。様々な災害、今世界を覆っている新型コロナと呼ばれる感染症の広がり、他にも単純な解決策がないという現実が私たちの周囲にはたくさんあります。いろんな事に心を配りながら、それでも最後は祈りしかないとの思いを持ちます。でもその祈りが実はとても大切なのではないかと私は思います。祈りがすべてを解決するわけではないでしょう。祈ってもどうにもならないのではと思う時もあるかもしれません。でも私たちが忘れてはならないことは、この世は人間の力だけによって動いているのではないということです。神様がおられるということ。そしてその神様の姿を神の子であるイエス様が示してくださったのです。


今日の福音でイエス様は「貧しい人々は幸いである、今飢えている人々は幸いである、今泣いている人々は幸いである」と言われます。この世の価値においては決して幸いに思えない状態や姿が、神様の目には幸いであるということです。私たちは、貧しくならないために、今、飢えないために、そして、今、泣かないために祈り、恵みを願っている人も多いでしょう。また、貧しさ、飢え、泣くことはどれも避けるべきことで、それらがないことこそ救いなのだと信じている人も多いでしょう。それでも、イエス様は私たちの思いを越えて神様の思いを示されるのです。神様は今苦しんでいる人々を決してお見捨てにはなりません。必ず苦しみが栄光に変わるときが来ることを約束されます。イエス様が十字架の死で終わらず、復活なさったのもそのことを表しています。だから苦しくてもあきらめず、希望をもって歩むことです。全能の神が幸いを約束してくださっています。苦しみや困難の真っただ中にあるとき、それでも心を上に向けて、神様を信じて信頼して歩み続けることです。苦しみの中にも信仰をもって歩み続ける人を神様は必ず栄光に上げてくださるでしょう。貧しい人々は、幸いである。神の国はあなたがたのものである。今泣いている人々は、幸いである。あなたがたは笑うようになる。人々に憎まれるとき、また人の子のために追い出され、ののしられ、汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。天には大きな報いがある。このイエス様が話された天には大きな報いがあるという言葉が大きな鍵になります。今、苦しみの中にあっても、神様は必ず報いてくださる。大きな喜びで満たしてくださる。


私たちは、福音という言葉、表現にこだわってみたいです。イエス様は私たちに福音をもたらされました。掟や義務以上に喜びの知らせをもたらされました。それは心が解き放たれ、解放される、自分も歩んでみようと思う希望を与え、その希望が裏切られることはないということを意味します。イエス様はその福音をもたらしてくださいました。人間的な目でだめだと思えることが、神様の目で見るなら決してだめではないこと。だめだと決めてしまう私たちに、だめではないというメッセージを送ってくださるのがイエス様がもたらされた福音ではないでしょうか。私たちは、もっとイエス様の真の姿に目を向けていく必要があります。もっとイエス様の姿と心を知っていく必要があります。私たちの一生の間、私たちの中の渇きは決してなくなることはないでしょう。でもその渇きがいつもイエス様に心を向けさせていくものになるなら、その渇き自体が大きな恵みになります。私たちももっとイエス様と心を通じ合わせたいです。もっとイエス様の見方で物事を見ることができるようになっていきたいです。


今日の第一朗読のエレミヤの預言で、エレミヤは言います。「呪われよ、人間に信頼し、肉なる者を頼みとし、その心が主を離れ去っている人は。・・祝福されよ、主に信頼する人は。主がその人のよりどころとなられる」。「呪われる者」と「祝福される者」、その違いは、私たちが何を自分の一番のよりどころにしているかです。人間に信頼し、その心が主から離れ去っている人と、力の源泉を神に聞くことに置き、主に信頼し続けて歩んでいる人。イエス様が私たちを招いておられるのは、この世の繁栄や富、権力を持つことからくる幸いではなく、神様から与えられる幸いです。今、この世においてはさまざまな迫害や苦しみを味わうことになっても、希望を失ってしまってはいけないということ。神様の望まれる道を歩む者は必ず、神様のもとで幸いを得ることができる。イエス様の約束は必ず実現します。だから、私たちも心をイエス様に向けて、日々出会う困難や苦しみに力を失うことなく、イエス様の呼びかけに希望を持って応えていきたいです。いつの日か、必ずこれでよかったと思える日が来ます。それを信じて、互いに励まし合って歩んでいきたいです。イエス様は私たちに福音をもたらしてくださいました。その消えることのない喜びの約束は、必ず実現します。それを信じて、イエス様に信頼の心を持って歩み続けたいです。

 
 
 

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