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2021年8月22日 年間21主日

  • 執筆者の写真:  カトリック戸塚教会
    カトリック戸塚教会
  • 2021年8月22日
  • 読了時間: 3分

ヨハネ06:60-69 年間21主日(2021年8月22日)


「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか。」イエス様に聞き従っていた者の多くが、イエス様の「わたしは天から降ってきた生きたパンである。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。」これらの言葉につまずきました。でもイエス様は「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。」と言われます。文字通り、実際に人間の肉を食べ、血を飲むということではなく、イエス様が命と引き換えに差し出してくださったパンのかたちの御聖体とみことばを生きる糧としていただくことで、私たちもイエス様の内にいることができ、イエス様も私たちの内にいてくださるという事なのです。


イエス様は「あなたがたはこのことにつまずくのか。それでは、人の子がもといた所に上るのを見るならば」と言われます。「人の子がもといた所に上るのを見る」これはイエス様がどなたであるかを明確に受けとめることです。イエス様が御自分で言われるようにイエス様は「天から降って来られた」方、神の子であるということを受け止めることです。イエス様御自身を「天から降って来られた」方として受けとめる。イエス様こそが私たちを天の国に導いてくださる救い主として受けとめる。そしてそのイエス様を愛する、大切にする。イエス様を愛し大切にするために毎日イエス様に語り掛けることを続ける。私はこのことを皆さんに勧めたいです。朝起きてすぐイエス様にあいさつし、今日1日をイエス様と共に過ごすことができることを祈り願う。1日のうち意識できる度ごとにイエス様に語りかけてみる。これを続けていくことです。


イエス様は「肉は何の役にも立たない」と言われます。ここで言われる肉とは神様から離れて生きようとする人間の姿とその無力さを表しています。人間が自分に頼るならば、神様が示される真理を決して悟ることはできません。イエス様は続けて「命を与えるのは霊である。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である」と言われ、霊、聖霊に聞き従うことで真に生きることができることを示されます。人間的な見方、人間の都合で神様を見るのではなく、聖霊に満たされることを祈り求めること、そしてその聖霊に聞き従う生き方をするとき、私たちは真理へと導かれることができます。当時、多くの弟子たちが離れ去り、もはやイエス様と共に歩まなくなりました。自分が描いたイメージとしてだけイエス様を捉え、自分の願望に応える自分にとって都合のよいイエス様を求めようとしました。現代を生きている私たちはどうでしょうか。同じように自分に都合のよい、何でも願いを聞いてくださるイエス様についていこうとしていないでしょうか。それとも身に痛く感じることであってもイエス様に聞き従って行こうとする心の態度を持っているでしょうか。


イエス様は12人の弟子たちに「あなたがたも離れて行きたいか」と問われます。この問いは私たちにも向けられています。そして私たちにも、あなたがたは自分に都合のよい、何でも願いを聞いてくれるそういう神の姿を私に求めようとするのかと問われると思います。私たちも、自分が思い描いた神ではなく、イエス様が表してくださった真の神の姿に心を開き、自分にとって身に痛いことであっても、イエス様に聞き従う心の態度を培いたいです。そしてどんな時でもイエス様から離れることなく、イエス様が与えてくださる御聖体と私たちを導く御言葉を生きる糧として歩んでいきたいです。そして私たちもペトロと同じように「主よ、わたしたちはだれのところに行きましょうか。あなたこそ神の聖者であると、私たちは信じ、また知っています」と高らかに宣言したいです。

 
 
 

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