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執筆者の写真 カトリック戸塚教会

2022年1月16日 年間第2主日

ヨハネ02:01-11 年間第2主日(2022年1月16日)


今日の福音はカナの婚礼でイエス様が水をぶどう酒に変えられた場面ですが、人が司祭に叙階される時、その記念にカードを作る習慣があります。表に自分が選んだ御絵と裏に自分が選んだ聖書の言葉を記します。私は2002年の3月21日、広島のカテドラルで司祭叙階を受けました。そしてその時選んだ御絵とみ言葉は、このカナの婚礼の場面の絵とその場面でのマリア様の言葉でした。マリア様が、婚礼の席でぶどう酒が足りなくなっていることに気づかれ、そのことをそっとイエス様に伝え、働いている人たちにイエス様が何か告げられたらその通りにしてくださいとおっしゃいます。私は自分の司祭叙階の記念とするみ言葉をどれにしようかとあれこれ考えている中で、最終的にこの場面のマリア様がおっしゃった言葉にしようと決めました。そして自分の叙階記念のカードに「あの方のおっしゃることは、何でもそのとおりにしてください」と記しました。マリア様が今でも望まれていることは、私たちがイエス様のおっしゃることを何でもそのとおりしていくことだと思います。


私は自分の人生の歩みをマリア様からの御保護を感じながら歩んできました。これは母から教えてもらったことですが、私がまだ小さい時、母は夢の中でマリア様を見て、とても素敵な女性からこの子を私にくださいと言われたそうです。その時、母は絶対いやだと答えたそうです。夢の中での話ではありますが、ずっと後になって私が司祭を志すようになったのを見て、母は夢で見たマリア様のことを思い出したということです。私は自分の部屋に一つのマリア様の御像を飾っています。この御像は私が高校生の時、父が福岡教区の鵜野神父様からいただいたもので、鵜野神父様はマリア様の御像を制作されたり、傷んだ御像の修復をされる神父様でした。父は鵜野神父様からいただいたマリア様の御像を高校生だった私に渡してくれました。その時から私はずっとそのマリア様の御像を大事にしています。そして自分がマリア様から守られて毎日を過ごすことができているように感じています。私の母は11年前の2月に亡くなり、父も昨年12月25日に亡くなりました。私は母が亡くなってから、マリア様と亡くなった母が一緒になって自分のことを守ってくださっていることをずっと感じていました。そして先月帰天した父も母と一緒に守ってくれていることを感じます。年末という慌ただしい中ではありましたが、父の葬儀を12月29日に父がお世話になっていた九州の佐賀にあるロザリオの園という老人ホームの聖堂で行うことができました。シスター方も一緒に祈ってくださいました。その老人ホームの入り口に等身大のマリア様の御像があり、優しく見守ってくださいました。全て神さまの計らいの中で事を進めることができ、父を見送ることができました。


私たちにとってマリア様の存在はイエス様を通していただいた計り知れないお恵みだと思います。マリア様はいつも私たちの母として存在してくださり、保護してくださっています。そしてマリア様にただ一つ望みがあるとしたら、それは私たちがイエス様に聞き従ってこの人生を歩むということだと思います。マリア様は神さまではありません。私たちと同じ人間です。でも神の子であるイエス様を宿され、いつもイエス様の側に共におられた方です。そして今でも私たちがイエス様に近づき心を向けることを願い続けてくださっています。「あの方のおっしゃることは何でもそのとおりにしてください」、このマリア様の思いを私たちも大事に心にとめて歩みたいです。


イエス様のマリア様の願いに対する最初の答えは「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」というものでした。これはイエス様が何を行うにしても御自分の父である天の父の意思に従おうとされたということです。マリア様はそのイエス様の言葉に従われ、静かに信じて待つ態度を取られます。そしてその中でイエス様のおっしゃる通りにしようとされます。私たちもこの態度が大事です。そしてイエス様は水を最高のぶどう酒に変えてくださいました。これはイエス様を通して天の父のすばらしい業が示されたということです。


私はこの1年、イエス様に対して3つのことを大切にしたいと思っています。その一つは毎日、イエス様と対話すること。心をイエス様に向けてありのままの自分の思いをイエス様にお伝えすること。2つ目はイエス様が語られるみ言葉を理解し、大切に心にとめること。そして3つ目はイエス様の望まれる愛の行いを自分にできるかたちで実践していくことです。この新しい年も、コロナ禍の中での歩みになると思います。いろんな不自由さを味わいながらも、マリア様とイエス様に心を向けて、力を願いながら歩んでいきたいです。1日1日を無駄にすることなく、かけがえのないものとして大事に過ごしていきたいと思います。





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