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2023年6月18日 年間11主日

  • 執筆者の写真:  カトリック戸塚教会
    カトリック戸塚教会
  • 2023年6月17日
  • 読了時間: 4分

マタイ09:36-10:8


最近読んだカトリック新聞6月4日号に、ドイツのカトリック教会、信者と収入の大幅減少で資産3分の1放棄の危機という記事が載っていました。ドイツは今、教会に来る人が急激に減っていて、司祭召命、信者の数の着実な減少、そして収入減が続いて、多くの小教区、修道院の閉鎖が余儀なくされているということです。この傾向はドイツに限らず他のヨーロッパ諸国でも見られるということです。私はこの記事を読みながら、日本の教会の現状はどうだろうかと考えます。特に人口減少が進んでいる地方の教会や信徒数が少ない小教区は将来維持するのが困難になることが予想されます。


かつて荒廃した日本の地に多くの宣教師が訪れ、日本各地に教会が建てられていきました。その頃洗礼を受けられた方々が年を取られ、外人の神父様方も高齢になられて帰国されたり亡くなられたりしています。かつて若かった方々が年を取られ、存続の危機が起きているということです。このような現実に目を向けず、成り行きにまかせる態度を取る人も多いと思います。信徒もいなくなり、建物も古くなって維持ができなくなれば、それはそれで仕方がないではないかと思う人も多くいるでしょう。それでも私たちは、これから日本の教会がたどる道を見据えながら、やはり変わるべきところ、変わらなければならないところ、またしっかり信仰の土台として押さえるべきところに目を向けていかないと、このまま何もしないなら衰退していくだけになると思われます。


イエス様は、「群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。」とあります。イエス様の行動の源にはいつもこの現実を直視し、そこから生じる憐みの心がありました。心の底から突き上げられる感情がイエス様を動かしていました。私たちもこのイエス様の態度に倣う必要があります。今の現実を見据えて、心震わせ、心が動かされることが必要です。イエス様は弟子たちに「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」と言われます。イエス様が言われる「収穫は多い」とは何を意味されているでしょうか。それは救いを必要としている人々が多く存在していることを意味しています。世の中には力を失い、倒れてしまっている人々が大勢存在している。世話されることなく見捨てられている人が多くいる。そしてそのような人々のために働く人が少ない。私たちもこのイエス様の呼びかけを心から受け止めなければいけないと思います。そしてこの世にあって救いを必要としている人々とはどのような人々だろうか。そしてそのために働くとはどういう働きをすることだろうか。それを祈り見つめることです。


イエス様は12人の弟子たちを派遣するにあたって、「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。」と言われています。これはまず自分の近くから始めるようにということだと思います。福音を宣べ伝えるのも、遠くへ行くことよりまず自分の身近な人々から始めなさいということです。自分の家族、友人、周りの人々。失われた羊と言われるように、生きる道を見失っている人々、力を失い打ちひしがれて倒れている人々、助けを必要としている人々に喜びの福音を伝えていきなさい。その働きを続けなさい。



「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい」とは、神様はイエス様の到来を通して、今も私たちと共にいてくださり、私たちがイエス様に語りかけ、心を向けていくなら、必ず私たちの心の思いを受け止めてくださるということです。私たちが毎日イエス様の存在を意識し、イエス様につながる気持ちを大切にして日々を過ごしていくなら、私たちはイエス様の存在に触れ、心を変えていただくことができます。今生きている時からイエス様の存在の有難さを実感して生活することができます。


私たちは普段からもっとイエス様を意識し、イエス様を身近に感じ、イエス様を愛し大切に思う心で日々の生活を過ごしていきたいです。そのために自分ができること、すべきことを一人ひとりがよく見つめ祈っていくなら、私たちの教会の未来にも希望を持つことができると信じます。今、教会の暦は年間という通常の日々を過ごしています。この緑色の祭服が示しているように、私たちの普段の生活を大事にしていきたいです。イエス様を大切にして日々を歩む人々をイエス様は豊かに祝福してくださると信じます。


 
 
 

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