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2026年1月11日 主の洗礼

  • 執筆者の写真:  カトリック戸塚教会
    カトリック戸塚教会
  • 1月11日
  • 読了時間: 4分

マタイ3:13-17

 

今日の福音には4度「星」という表現が現れます。そしてこの星と対峙しているのは夜の闇です。イエス様の誕生が輝く星で示されたのは、人間が生活している場が闇に包まれているからだと思います。人が思うように生きることができていない。いろんな困難の中で力を失い倒れてしまっている人がいる。神様が望まれた、人は本来助け合うために存在していることが十分に機能してはいない。これらのこの世の闇と言える状態は、イエス様が誕生された2千年前も、そして今もその本質は変わっていないと言えます。そのような状態の中で、天の父はご自分の独り子をこの世を照らす光とするために送ることをお決めになられました。イエス様の到来は、希望すべきすべがないところになおも心を向けることができる希望の光が表されることを意味します。

 

第一の朗読でイザヤの預言が読まれました。この預言者イザヤが告げるのは、今がどんなに失意のもとにあっても、また重い生活がのしかかっていても、必ず主の栄光が到来するということです。預言者イザヤが活躍した時代は、バビロン捕囚も終わり一見世の中は平和が訪れたように見えていました。しかし実際の生活は思うように進まず、人々が思い描いていた神の栄光が現れる状態とは程遠いものでした。そして人々の心は次第に神様から離れていきました。そういう中で預言者イザヤは人々の心をもう一度神様に向けさせようとします。希望すべきものがないところに神の栄光が表されることを告げる。この世の闇が依然として闇の状態のままにとどまっていても、それでも光はいつも輝き続けていることを告げる。私たちが生きているこの時代も同じかもしれません。神の栄光が現わされると言ってもどこに現わされているのか。この世の状態は今も変わらず闇に覆われたままではないか、そんな声が聞こえてきます。それでも私たちはこの闇の中に星は確かに輝いていることを思い続けることが大事です。何か特別な目を見張るような出来事が起こらなくても、普通の静かな日常の中に星は輝き、光が示されていることを感じ取ることが大事です。そしてそのような感性を持つことです。

 

今日の福音には光に導かれて旅を続けた博士たちが登場します。そしてその博士たちには2つの特徴がありました。その一つは星の導きに従うこと、そしてもう一つは贈り物を携えていることです。星の導きに従って歩んでいくその旅は砂漠を抜けていかなければならない厳しい旅でした。それでもいつも星が輝いて、行くべき方向を指し示し励ましを与えました。行くべき道を見失いそうになっても、いつも星が行くべき方向を示し続けました。博士たちにとってこの星の存在はどれ程励ましになったでしょう。私たちも私たちの歩みを照らしてくれる星が必要です。星に導かれて砂漠の中の旅を続ける博士たちの姿は、この現代という時代の中で信仰を持って生きるキリスト者の姿でもあります。

 

今も星は輝き続けています。その星の示す光に従うこと。そこを目指すこと。そして博士たちが贈り物を準備していたように、私たちも神様に捧げる贈り物を準備することです。そしてその贈り物とは、何か特別な物というよりも、私たち自身のあり方、生き方そのものを神様への贈り物にしていくことだと思います。博士たちは自分たちの心を照らす星の光を信じて歩みました。私たちも自分の人生を導く真の星に従って歩み出すことです。私たちの人生を導く真の星はイエス様御自身です。今年も新しい年を迎えて、イエス様という光を見つめてこの一年を歩んでいくことを願いたいです。そしてこの1年、一人ひとりがイエス様との交わりをより深めていくことができますように。そのために毎日イエス様に呼びかけ、語りかけ、イエス様が共にいてくださること、共に働いてくださることを意識して日々の生活を送っていきたいです。その力と恵みを祈り求めましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 

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