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2025年7月20日 年間第16主日

  • 執筆者の写真:  カトリック戸塚教会
    カトリック戸塚教会
  • 2025年7月19日
  • 読了時間: 5分

ルカ10:38-42

 

私は自分でも変わったなと感じることがあります。それは自分とイエス様とのつながり、交わりです。私は今まで祈りや黙想というものをどちらかというと難しく感じていました。今までの自分は頭で、そして自分の力でそれを行おうとしていたのかもしれません。そしてそれはいつもうまくいってはいませんでした。でもこちらに来て、不思議と自然にイエス様と対話することができるようになりました。飾らない心でまっすぐイエス様と向き合い、イエス様に自分の事、周りで起こっている事、何でも素直に伝えられるようになりました。十字架のイエス様の前に自分を置き、まっすぐイエス様を見つめながらお話すると不思議と自然に自分の思いをイエス様に語りかけることができるようになりました。毎日イエス様と対話していると、それが一番の心の安定になります。

 

かつて旧約時代、預言者イザヤは「お前たちは、立ち帰って、静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある」(イザヤ30・15)と伝えたことがあります。私たちは何か多くの働きをすることがよい働きのようにとらえる傾向があります。しかし神様は、私たちがせわしく働くことよりも、静かに神様の元に立ち止まることを望まれるのかもしれません。それは今日の福音のマルタとマリアの出来事も同じことを示しています。マルタとマリアの出来事は私たちもよく聞き知っているものです。そしてこの出来事の中心のメッセージは、イエス様を真にもてなしたのはマリアの方であったということです。そしてマリアのイエス様へのもてなしは、イエス様の足元に座ってイエス様の言葉にじっと耳を傾けることでした。イエス様が一番喜ばれたのは、せわしく動き回ることではなく、イエス様に心を向け、イエス様の話に聞き入ることでした。私たちはこの話を聞くとき、果たして自分たちはそれができているだろうかと思います。どれだけイエス様の話、言葉に耳を傾けることができているだろうか。イエス様は言われます。「本当に大切なことはただ一つだけだ。そしてマリアはその方を選んだ。それを彼女から取り上げてはいけない。」イエス様が「本当に大切なことはただ一つだけだ」と言われる言葉をゆっくり繰り返し唱えたいです。そして心にしっかり刻みたいです。何回も繰り返し唱えてみることで、イエス様の言葉が命をもって自分の心の中に宿り、そして本当に大切なことを教え導いてくださる。それは実際に起こると信じます。

 

現代という時代の中で生きている私たちは、文字通りのかたちでイエス様の足下に座ってイエス様の話を聞くと言うことは、直接的にはできないでしょう。でも直接ではなくても日々福音の中のイエス様の言葉にふれて、その中で自分にとって大切に思える言葉を見つけてそれをゆっくり繰り返し唱えるなら、自分の心に刻むなら、イエス様はその言葉に命を与えて私たちの心に宿り、私たちを生かしてくださるでしょう。

 

今日の第一朗読の創世記では「主はマムレの樫の木の所でアブラハムに現れた。」とあります。そしてアブラハムが「目を上げて見ると、3人の人が彼に向かって立っていた。」とあります。これはアブラハムには主の現れが、3人の人の姿に見えたということだと思います。これは神様が姿を現されるときは、普通人間にはそのまま神様とは分かる形で現れることはないということです。これは現代を生きている私たちにとっても同じだと思います。神様は私たちが想像するようなあたかも神様であると分かる形では御自分をお示しにはなりません。逆に何気ない普通の日常の出来事を通して御自身を現されます。

 

そして私たちにとって大事なことは聞くことです。出来事の奥にある神様の思い、メッセージを聞き取っていくことです。アブラハムは神の使いである3人の人にここを通り過ぎず立ち止まってくださることを願います。そしてこの3人を心からもてなし、そこから自分たち夫婦に子どもが生まれるというメッセージを受け取ります。

 

今日の第一朗読と福音は、真のもてなしということが示されていると思います。そしてそこで鍵となるのは聞くことです。福音ではマリアのようにイエス様の足元に自分を置いて、イエス様が語られる言葉を聞くこと。そして第一朗読の創世記では、出来事を通して語られる神様のメッセージを聞くことです。私たちには神様のお姿は直接には見ることができません。それでも神様は普通の日常の出来事を通して語ってくださっています。私たちにとって当たり前として見過ごしてしまっている出来事の奥にも神様からのメッセージが散りばめられているのだと思います。それらの普通の出来事からも神様の思い、メッセージを感じ取っていく態度を培っていきたいです。

 

マルタの心はイエス様を喜ばせたい、心からのもてなしをしたいという熱い思いで一杯だったでしょう。しかしその熱意は時として一人よがりになってしまう危険があります。イエス様が「必要なことはただ一つだけである」と言われた言葉を心に刻み、私たちが本当に大事なこと、イエス様の心に適うことを見い出しそれを実践できるようになっていきたいと思います。その生き方が私たちをいろんなとらわれから解放し、真の救いに導くのだと思います。

 
 
 

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