top of page

2024年5月12日 主の昇天

  • 執筆者の写真:  カトリック戸塚教会
    カトリック戸塚教会
  • 2024年5月11日
  • 読了時間: 4分

マルコ16:15-20

 

最近私は、これは大事なことかなと気づいたことがあります。それは、たとえば自分は信仰熱心だと思っている人がいるとします。ミサにも定期的に与っているし、教会活動にも参加している。でもそのような人が本当の意味で救いを実感していない、心の中に平安を見いだせていない、そのような苦しみを持っておられる方が多いなと感じます。そしてそのような方々の話を聞いていると私はあることに気づきました。自分は信仰に対して熱心だと思っている人。でもそのような人の中からイエス様との親しさ、近さが伝わってこないということです。教会が自分の救いや安心を確保するための建物、場所でとどまってしまって、イエス様と親しく対話したり、自分の思い、感じていること、また祈りをイエス様に話したり、またイエス様の言葉に耳を傾けたりするまで至っていない、正直そのような状態で歩んでしまっている人は多いと感じます。教会には所属しているけれど、イエス様には所属できていない状態にいる人たち。もう一度、原点に帰って、イエス様と自分の結びつきはどうなっているか見つめ直す必要があると思います。

 

今日私たちは、主の昇天の出来事を記念しています。イエス様が十字架の死を経て復活され、40日にわたって人々にその姿を表された後、天に上げられたということ。出来事からすればそういうことです。でもそこにあるイエス様の気持ちや天の父の心を思ってみることが大事です。昇天という出来事は、ある意味でイエス様と弟子たちとの別れを意味したでしょう。天の父はイエス様が復活された後、ずっと弟子たちのもとに留まり続けることをなさいませんでした。復活されたイエス様が弟子たちのもとから離れて天に向かわれる。でもそのことを天の父が弟子たちのためにあえてなさったのだと思います。イエス様がこの世に残り続けられれば、もっと大きな業をなさることができたかもしれません。でもそうなると、弟子たちはいつまでも弟子のままで終わってしまったでしょう。イエス様が全部してくださる。イエス様にまかせて自分達は何もしなくて、ただついていくだけでよい。そのような思いを持ってしまったかもしれません。でも神様のお考えは、これからは弟子たちがイエス様の働きを引き継ぐことをお決めになります。

 

イエス様は言われます。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」これは、これからはあなたがたが、私がしてきた働きを引き継いでいきなさいとの意味です。そして弟子たちもイエス様と同じように働くことを通して、自分達も救いの喜びを体験することを望まれたということです。救いとは、私たちがじっと待っていることではありません。神様が考えておられる私たちの救いは私たちがイエス様に従って動き、働くことを通して、一人ひとりが実感していくもの、感じ取っていくものだということです。その使命を果たすことができるように、イエス様は聖霊を送ることを約束されます。弱い人間である弟子たちが、この使命を生きることができるように「聖霊」という神様の力が与えられます。

 

イエス様は、御父のもとに戻られる前に、弟子たちに「わたしはあなたがたをみなしごにはしない」と言われていました。私は時が来たら、自分の父である方のもとに戻ることになる。でもそれはあなたがたのためによいことなのだ。そうすることであなたがたのために弁護者が送られ、その方があなたがたに真理を悟らせてくださり、導いてくださると言われます。イエス様の姿はやがて目で見ることができなくなる。でも、それはイエス様が私たちから遠く離れていかれてしまうということではなく、確かに目でイエス様の姿を確かめることはできない。でもこれからは聖霊の働きのうちに、イエス様は私たちの中に共にいてくださるということです。そのことを私たちが信じて歩むことが求められています。これからは自分たちの働きの中に、イエス様の存在を感じ取っていく。そのような心の態度が求められます。

 

本当の信仰の熱心さは、教会という建物に所属するということ以上に、イエス様につながっていく心の熱心さだと思います。まず、私たちができることは心の中でイエス様と親しく何でも対話していくことです。そのことを通して、自分とイエス様との距離が近くなり、イエス様を身近に感じることができるようになる。もっともっとイエス様を身近に感じて、歩み出すことができるように祈りたいです。

 

 

 

 
 
 

最新記事

すべて表示
2026年4月19日 復活の第3主日

ルカ24:13-35   私たちは今、イエス様が復活されたその喜びを味わう復活節を過ごしています。そしてそのイエス様が復活された出来事と自分がどうつながることができるか、どうつながっていったらよいか、そのことが今生きている私たちに問いかけられていると思います。イエス様は確かに復活されました。そして喜びの知らせを伝えてくださいました。しかしその出来事と今の自分がどうつながることができるのだろう。この

 
 
 
2026年4月12日 復活の第2主日

ヨハネ20:19-31 イエス様が十字架につけられて息を引き取られた後、弟子たちは恐怖におびえ、1つの家に閉じこもって、中から家の戸に鍵をかけて災いが過ぎ去るのを待っていました。この家の戸は、彼らの心の戸を表していると言えるかもしれません。弟子たちは恐れから心を閉ざし、現実から離れて閉じこもっています。そんな弟子たちの中に、復活されたイエス様が現れ、弟子たちの「真ん中に」立たれます。そして弟子たち

 
 
 
2026年4月5日 復活の主日

ヨハネ20:1-9   私たちはこの木曜日から聖なる3日間を過ごしてきました。そこで記念されていたのは、神の子であるイエス様が弟子たちの足を洗い、御自分の体である聖体を制定し、十字架の苦しみを担って亡くなられたということでした。そしてそれは神様がどのように私たちを愛してくださっているかを表すものでした。神様は高みから人間を見下ろす方ではなく、逆に私たちの下になって私たちの足を洗ってくださる方、私た

 
 
 

コメント


© 2020 by Totsuka Catholic Church. Proudly created with Wix.com

244-0002 横浜市戸塚区矢部町641

(TEL)045-881-8882

(FAX)045-865-2026

bottom of page